クリスマスってことで山下達郎のラジオは聴き逃がせないわけです

クリスマスってことで山下達郎のラジオは聴き逃がせないわけです

山下達郎のサンデー・ソングブックがいい時期に聴けました。この季節は「年忘れ夫婦放談」として、竹内まりやさんがゲストでずっとあれこれ喋っている定番コーナーが1ヶ月放送されます。

以前は、毎年1月に大瀧詠一を読んで「新春放談」というのをやっていて、大瀧ファンの私は毎年そわそわしていたものです。なんてったって、大瀧さんの安否確認はこの番組でしか出来なかったからです。彼が12月30日に亡くなったあの日から、私の楽しみはひとつ消えてしまっていました。

竹内・山下夫婦っていつまでも仲が良いですよね。まりやさんが「タツローはさあ、感動とかしないわけ?」とか「たっつぁんはさあ、とちったりしないの?」とか、素敵な距離感を保っている夫婦だなあと思いました。いつまでも素晴らしいラジオ番組ですよ。

でね。

竹内まりやさんと山下達郎さんが、大瀧さんの話をしてくれたんですよ。「新春放談のあとはご飯に流れ込んでたよね〜〜」とか「この曲、実はボクがストリングスをプロデュースしててさ」などと、私が尊敬する大滝詠一の思い出話をするではありませんが。挙句の果てには「クリスマス音頭」をかけてくださって、車を運転しながら思わず涙ぐんでしまいました。

はっぴいえんどを中学生の時に親のレコードの中から見つけ、そこから大滝詠一ソロにハマり、ナイアガラはそんなに好きではなかったけど、ティン・パン・アレーやら吉田美奈子やら佐野元春、さかのぼってエイプリルフールやら岡林信康、遠藤賢司、加川良にどっぷりと浸かってしまい、自分の音楽感覚を育ててもらった恩師であります(全員、私が生まれる前に活躍したした人ですが)。

大学のときは京都の百万遍の先にあるバーのマスターに「中津川フォークジャンボリー」で岡林のバックバンドをやってる動くはっぴいえんどのビデオテープを借りて、お金をかけてダビングしたこともありました。後にも先にも、生で動いているはっぴいえんどを見たのはそれだけですが。

2013年12月30日、大滝詠一さんは家でテレビを見ながら食べていたリンゴをのどにつまらせて「ママ、ありがとう」とだけ言って亡くなったそうです。解離性動脈瘤だったそうです。

それを聞いたときは私はショックでショックで仕方がなかったですよ。そりゃねーよ!と。もっと見たかったよ! 大瀧さん!

「もう5年ですか。私、大瀧さんの歳になりましたよ」

山下達郎さんがラジオでそう言いました。そっか、65歳になるのか達郎さん。

今年の『クリスマス・イブ』は、なんかいつもと違うように聴こえた、平成最後のクリスマスでした。

 

P.S.
はっぴいえんどで一番好きな曲は3枚目アルバムに入っている「田舎道」です。