サッカー日本代表のポーランド戦でのパス回しに批判的な人の数が多くてある意味安心したこと

サッカー日本代表のポーランド戦でのパス回しに批判的な人の数が多くてある意味安心したこと

今回の件で、「ポーランド戦でパス回しをしたのは恥ずかしい!」「情けない試合をした」「そこまでして勝ちたいのか」という声が多かったのは、自分の中ではいつも考えていたことの正解が取れたような気がして正直安心しました。

ニュースを見ていても、自分の周りを見ていても、どうも批判的な意見の方が半数を超えているようで「あんな無様な戦い方をするより、勝負に挑んで負けても仕方がない」が圧倒的なようです。私はこの結果にニヤニヤしてしまいました。

私は、普段から物事をスポーツに例えること(特に野球が圧倒的です)がとても苦手なんですが、そんなことを言ってたらサラリーマンなんてやってられないくらいこういう人は多いんですよね。今回なんてもっと酷くって「柔道だったら反則を取られたぞ」とか「野球だったら八百長じゃないか」とか、スポーツをスポーツで例えるという愚行が平然と行われています。

あのさあ、この際だから言っておくけど、サッカーは柔道じゃないから。サッカーは野球じゃないから。知ってた? 知らないでしょ? 教えてあげる、そういうのをナンセンスって言うんですよ。せめて、同じサッカーで例えた方がまだマシなんじゃないですか?

それから、ちょっと脱線しますが、スポーツマンだから清く正しいという考え方が、よっぽどみなさんの中に根付いているんだと思いますね。こういった凝り固まった見方が、今回のブーイングへの一因ともなっているような気がします。
じゃあ、当たってもいないのに「わざとらしく痛がって倒れる」アレは何? 選手交代の時「わざと歩いて時間稼ぎする」アレは何なんですか? 私はサッカーを6年しかやっていないほぼ素人なので全然詳しくはないですが、はじめて海外のサッカーを見た小学生の時は「あのしらこいのは何だ??」と思ったものです。けど、今やあれはやらない方が正直過ぎるでしょと言われるような大切なプレーのひとつになっていますよね。アレはフェアプレーなんですか?

私が元いた実話誌ではこういう考え方によってスポーツマンの不祥事や裏の顔なども暴いていたわけですが、「一生懸命やっている彼らを貶めるな!」という声も当然たくさん頂きました。けど、これはこれで正解です。「こいつら、なんて人々の裏側を暴いてるんだ!」っていうインパクトが「実売」という結果に繋がる可能性もあるわけですから、大多数の神経を逆なですることに成功しているわけです。

だいたい、スポーツなんて相手の嫌がることをする行事じゃないですか。野球でインコースを付きまくったり、強打者を4打席連続敬遠したり、格闘技では前の日ににんにく料理を食いまくったり、フェンシングなんか「やったったぞーー!」と大げさにアピールする競技だったりします。個人的には、サッカー、空手、バスケ、体操、陸上をやってきましたが、その全てにおいて「相手にフェイントをかける」競技でした。

「相手が負傷してしまう恐れがあることはダメ」というルールの範囲内で、やれることは何でもやる勝負。それがスポーツマンシップなんだと思いますけどね。だから企業は何もやってない大学生より、スポーツをやってた学生を採用するんじゃないですか。基本的な教育をしなくてもいいから(笑)。

 

 

で、圧倒的に「時間稼ぎのパス回しに反対」な中、私は分かっている人はみんな黙ってみているんじゃないかなと思います。声を上げたら叩かれるから、ニヤニヤしながら『大衆』を眺めているんだと思うんですよ。それをちょっと説明してみたいと思います。

 

1、結果よりもプロセス、それで負けても仕方ないと思う人

 

世の中、こういう人が圧倒的なんだなあと思いました。そんなカッコ悪いことをするんだったら負けたほうがマシ!というやつです。これ、私的に言うと「勝つ気がない」んだなと言い換えられると思います。

ほとんどの人がサラリーマンという搾取される側にいて、結果を求められた経験がないんじゃないでしょうか。責任のない仕事をず〜〜〜っとやらされていて、勝負に対して「勝ちたい」という気持ちがないんでしょうね。

事実、平気な顔をして「頑張ったんだけど、できませんでした!」とか「やれることはやりました!」と言ってのける人は多くいますし、それを報告された上司は絶句していることにも気付いていないんだと思うんですよね。

そして理想と現実が違うことに怒り、四文屋で安い酒を仲間と飲みながら愚痴ばっかりを言ってるわけです。せめて、スポーツの世界だけはそうであってほしくない。だから卑怯な戦術をとったサッカー日本代表のことが許せないわけです。

サラリーマンでも、死にたくなるくらいの責任を負わされている人や、多くの従業員の生活がのしかかっている経営者は常に結果を求められているため、これとはまったく違う考え方をしていると思います。

 

2、目の前で起きている「面白くないこと」を「面白い」と思えない人

 

さすがに私も、日本チームがパス回しを始めた時は優作ばりに「なんじゃこりゃあ!」と言いました。サッカーという競技において、こういうシーンをあまり見たことがなかったからです。そりゃブーイングも起こるし、つまんないに決まってますよ!

だけど、それと同時に、こんな「面白くないこと」をする日本代表が「面白い!」と思いませんでしたか? 私はテレビの前で小躍りしましたよ。

ただの負け試合を「ドーハの悲劇」とか「マイアミの奇跡」とか言う日本人をずっと私は理解できなかったし、バッカじゃねえの! と思ってきましたが、とうとうサッカー日本代表はこんなことができるまでに成長したのか! と感動しました。

勝ちよりも結果を取りに行ったんですよ。

このすごさって誰に伝わっているんでしょうかね。サッカー協会の上の方の人々は是非感情に支配されることなく冷静に評価してあげてほしいと思いますね。もっとも「リーグ戦」を理解していたのは西野監督だし、世界の16強に入ることが「美しい試合」をすることよりいかに大切なのかを示したのです。

ああ!
無様なことをしてでも
結果を手に入れるというカッコ良さ!

この点に感動や称賛を持てない人って、やはり1で述べたように責任のない仕事を日々やってる人なんじゃないかなあと思います。

これはその人たちへの批判ではなく、ああこれが現実なんだということなんです。

だから、物を売る人や、人を束ねる人は、この1と2という大多数に向けて、自分の思いとは間逆なことをやれば「勝てる」可能性があるのです。なぜこのタイトルにしたかというと、大衆が理解できていたらお金儲けができそうだからです(笑)。

 

 

日曜日のワイドナショー(フジテレビ)を見ていて、松本人志が予想通りのことを発言していました。

「それでも戦ってほしかった。で、日本かっこええなあ〜となったら、負けても納得」

保守的思想のまっちゃんらしいなあと思いました。

一億総玉砕の美学、ですよね。

負けると分かっていても突き進め! 我々には神風が吹くはずだ! それで散ったとて、靖国で会おう、と。

なんとなく、日本が戦争に突っ込んでいった空気を味わったような気がしました。書籍かラジオしか見識を広めるメディアがなかった時代に、無様であってはならないというのが日本人の美学だと教えられていたら、まあ……そうなるよね。

 

もし、
今回のサッカーが「カッコよく負けて」いたら、おそらくマスコミに煽られて国民は「よくやった!」と称賛したでしょう。そして、

 

すぐ忘れたでしょう。

 

平成も終わろうかとしているのに、日本人の心の中には今でも玉砕根性が存在するし、悔しい思いをするのが好きな人が大勢いるんだなあと思い知らされました。

 

そして、もし戦争になったら、私みたいな人間はすぐ「非国民」「井戸に毒を入れた」などと言われ、さっさと殺されるんだろうなあと思った梅雨明けの頃、でした。チャンチャン。