BLACKザ・タブー復刊、あきらめました。

BLACKザ・タブー復刊、あきらめました。

みなさんこんにちは。BLACKザ・タブー編集部のマスコットキャラクターこと岡本タブー郎です。「偉そうなやつ、だいたい嫌い」をモットーに日々頑張っております。この度、BLACKザ・タブーをネットで復活させることにしました。

 

BLACKザ・タブー復刊、あきらめました。

 

こう書くと、まるで私が雑誌としてBLACKザ・タブーを復活させようと躍起になっていたように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。雑誌としてまたあの仕事をやるなんてことは毛頭考えておりませんし、それをやることの愚かさを私は知っています。たまにTwitter上で「雑誌の復活を待っています」とか「そろそろどこかから出版されますか?」などの声を頂きます。頂きますがその時、私が苦笑いで「ありがとうございます」と返信していることは誰も知らないでしょう。雑誌編集なんて仕事はとうの昔に面白さのピークを過ぎており、今は斜陽も斜陽、鉱山で石炭を掘っているようなものです。この数年でいったいいくつの雑誌がその寿命を終えたでしょうか。当然なんです。もう成り立っていないんですよ。早く手を引いたほうが身のためです。何がどうなって雑誌がこんなことになっているかは、後半に書きますね。

さて、私は長くミリオン出版というオモチャみたいな会社にいました。一晩では解説できないくらい、とにかくめちゃくちゃ面白い会社でした。この会社に入れたこと、居れたこと、雑誌が出せたことは私の生涯を通じての誇りとなるでしょう。(辞める最後の2年間を除いて)毎日が本当に面白かったので15年近く居座ってしまいました。
私は学生時代、雑誌「GON!」の虜でした。知らない人はググって下さい。見たい人は国会図書館でも行って下さい。知っている人はニヤニヤしてください。私はこの伝説の雑誌GON!を作った比嘉健二を崇拝しているのです。毎月GON!を買いに書店へ行き、奥付を眺め、「ミリオン出版」という響きに酔いしれる、親から見たら絶対にロクな者にならない学生だったのです。
どうやら自分の中では昔から「編集者になる!」と決まっていたように思います。なぜ「思います」かというと、編集者という仕事が当時はよく分かっていなかったし、編集部にいる人が文章も書いて写真も撮ってレイアウトもするのかな? くらいの朧げなものだったので、「雑誌を作る人になりたい」という表現しか出来なかったんですよね。今でも思うのは、編集者の仕事を説明できるのは編集者だけではないでしょうか。それくらい境界線のない仕事だと言えます。

ある時、仕事帰りに本屋でビーイングを見ていると、「別冊GON!立ち上げのため編集者募集」という文字が飛び込んできました。本屋で「え!?」と叫んだのを1時間前のことのように覚えています。もうね、すぐ。すぐ電話しました。その試験受けたいです! と。実はこの時、別の音楽雑誌も受けていて、ほぼ内定をもらっていたんですが「GON!」という文字が私を渋谷から市ヶ谷へ誘ったわけなんですよね(当時のミリオン出版は市ヶ谷に社屋がありました)。おかげでオシャレな人生とは真逆の方向を進むことになったわけです。
で、書類選考は通りました。良かった〜二流大学を出といて…と思ったんですが実はミリオン出版は本当に学歴が関係なくて高卒や中卒の人がいっぱいいました(笑)。さすが比嘉さんがいる会社は違うぜ、と思ったものです。
「じゃあ、来週の水曜日に来てもらえます?」
と経理の中村さんからの電話を切ったあとは飛び上がりました。憧れのミリオン出版にいよいよ乗り込むことが出来るわけです。生涯であんなに緊張したことはありません。当時付き合っていた彼女に「怖いよ〜緊張するよ〜えへへ〜」と電話をしたことを思い出します。

面接当日、1階の会議室で別冊GON!の面接を受けました。何を喋ったかは覚えていません。アワアワしていたと思います。「こりゃダメかな〜」と考えていると、面接官の工藤さんが「なんか別の編集部でも君を面接したいって言ってるから9階に行ってくれる?」と言いました。はぁ……別の……? 促されるままにエレベーターに乗りました。
「チョベリバ〜〜、egg編集部ってヤバくな〜〜い?」
みんな忘れていると思うけど、雑誌eggはミリオン出版が世に産み落としたものです。エレベーターの中で、編集部に遊びに来たコギャルがスーツ姿の私をジロジロ見てきました。するともう一人、コギャルのお尻を眺めていた小さい男が私に問いかけました。
「比嘉さんは今日はいらっしゃいますか?」
その男はパリで人肉を食べた稀代の殺人鬼・佐川一政でした。こんなことってあるでしょうか。私はミリオン出版にちょっとだけ面接に来て、時代の寵児たちに囲まれてしまったのです。し…知りません! 私は、後年彼の部屋に何度も通って取材することになるなどつゆ知らず、ブルブルブルと首を横に振るだけでした。

9階に行くと、誰も居ませんでした。
正確に言うと全員徹夜明けでそこら中で寝ていました。野戦病院みたいな雰囲気の編集部で私は「す、すみませ〜ん、あの面接の……」とか細い声で言います。時間は昼の2時位だったと思います。昨夜ふざけて彼女に「怖いよ〜〜もう(笑)」と言っていた俺は心の中で「ヤバい、マジにヤバい」と言っていたと思います。数分後、やっと1人の男性が起きてきました。頭を掻きながら眠そうな顔で「あ……今日面接か……」と呟いています。どうなっとんねん、ここは。

そこは、その後私がお世話になる雑誌URECCO編集部でした。グラビア誌といえばカッコいいですが、そうエロ本です。知らない人はググって下さい。知っている人はニヤニヤして下さい。
眠そうな目で起きてきたのは、岡本タブー郎が編集者になるまで育ててくれた当時の大島編集長です。大島編集長には編集者とは何をする人なのかを教えてもらい、URECCO編集部で写真・撮影・版下の基礎を徹底的に叩き込まれました。24時間365日、毎日裸を見て過ごしました。約5年間在籍しましたが裸にまつわるエピソードは事欠きません。その時のめくるめくエロ本編集者生活は、またいつかの機会に書くことにしますね。

 

その後、GON!に異動することができました。

 

ただ……その時のGON!は私の好きだった頃の雑誌ではなく、ただのドエロ本でした。毎日出会い系で女の子を物色し、会い、ホテルに行き撮影する。素人女の局部をドアップに掲載し「実物大オ◯ンコ大特集!」と書く本になっていました。それはそれでまた「いとおかし」とも言えるのですが、私はこのGON!に居たことが原因で警察に逮捕されてしまいます。GON!に憧れて入ってきたのに、GON!のせいで逮捕されてしまうなんて笑えませんよね。何が起こったかを書いてもいいんですけど今はそっとしておいてください。

そんなファッキンGON!に居た頃、当時の実話ナックルズ編集長だった中園編集長が「うちに来ないか?」と誘ってくれました。何度かお断わりました。だって、ヤクザがどうとか暴走族がどうのとか過激じゃないですか。あんまキョーミないっす、と伝えたような気がします。すると中園さんは「君が読んでる本は、うちに役立つと思うよ」と言いました。彼は私の机の周りに置いてある本をそれとなくチェックしていたんですね。何が置いてあったかは今となっては分かりませんが“素養”があったのでしょう(笑)。

北朝鮮問題とか同和問題とか障害者問題とか……ですかねえ。

中園さんに「何に興味がある?」と言われた私が答えた内容です。すると中園さんはニヤっと笑い「それ、すぐ出来るよ」と言いました。かくして私は実話誌という世界に足を踏み入れることになるわけです。その後、中園さんはこんな私をすぐに副編集長にしました。今となっては有り難いの一言に尽きるのですが、当時の私はまだ自分に自信がなく、毎日微妙な不安感の中で過ごしていました。
私が中園さんの誘いを受けて実話ナックルズに行こうと決意した理由はただの1点です。中園さんは私にこう言ったのです。

「実話ナックルズ、面白いよ〜!」

ダメなんですよ。私、面白いとか言われるとすぐ乗っちゃうんですよ。とにかく物事を「面白いか・面白く無いか」だけで決めてきました。こんな自信満々で魅力的な誘い文句って無いじゃないですか。
その後、北朝鮮問題や同和問題や障害者問題はすぐに担当させてもらえました。つい数日前まで素人女の陰部写真にキャッチを付けていた自分がです。世の中って面白いですよね。

 

久田将義さんが2回目の編集長をやられた時も私は副編集長をやらせて頂きました。久田さんが作る台割りを真横で見て、いろいろと勉強させて頂きました。
で、たぶん久田さんの時だった思いますが、それまで細かい増刊などを出して数字を出せていたので、新たにまたナックルズの別冊を出す話がありました。それが「日本のタブー」という書籍型のコミックでした。これがシリーズ累計35万部くらい行ったと思います。久田さんの後押しもあり、その後「ナックルズ・ザ・ザブー」というB6サイズの雑誌を出し、のちに「BLACKザ・タブー」を発行するまでに至るわけです。

 

………ふう、疲れた。

 

BLACKザ・タブーの成り立ちをちょっと説明しようと思ったんですが、始める場所を間違えてしまいました。つまり、BLACKザ・タブーは久田さんが編集長時代の実話ナックルズから派生して作られたものであるわけです。ネオ実話誌と呼ばれたナックルズから、よりコアなものを引き立たせているので、正直マニアックすぎるかなとも思っていたんですが、予想していたよりは売れたんじゃないかな。

そんなわけで、ミリオン出版にはたくさんの面白い先輩方と同志がいました。比嘉さんが局長から社長になり、社長を解任されるまでがミリオンの黄金時代だったと思います。私は当時、こんな面白い仕事は他にないと真剣に言っていました。もう、あんな面白い日々は来ないのかなと思うと、少し切ない気持ちになってしまいます。

 

 

なので、これから言うことは、嫌なことばかりです。

冒頭にも述べましたが、今は雑誌をやる時代ではありません。いくら面白いものを作っても売れない時代になってしまったのです。
みなさんは雑誌がどんな販売計画によって売られているかご存知ですか? 企業につとめている方々ならば「やめちまえ!」と言うと思います。
10万部刷って3割売れたら健闘!
という世界なんですよ。私が居た頃は6割売らないとダメという認識でした。が、今はここまで落ち込んできているようです。3割は売れても7割戻ってきたら、それは刷った分だけ赤字になるということです。10万部なんてほとんどの雑誌が刷れてないから、まあだいたい平均して2〜3万部でしょう。その7割が戻ってくるわけです。2万部の3割は6千部ですよ。つまりこの雑誌は1万人も見ていないってことになりますよね。そして、その赤字を背負っても何とかやっていけるとはどういうことでしょうか? 編集者の給料はもちろん、ライター・デザイナー・イラストレーターと関わる人々全てが時間とお金を奪われてしまっているわけです。
これってビジネスとして成立していないんじゃないですかね? これが私が投げかける疑問の1つです。

もっと恐ろしいことに、コンビニがどんどん雑誌を取り扱わなくなってきています。雑誌にとってコンビニの売り上げは死活問題です。みんな本屋で雑誌なんて買わないし、そもそも本屋がもうないんです。だからコンビニでのPOSは非常に重要なデータとなってきます。ところがその頼みの綱であるコンビニが「雑誌を置かなくするレイアウト計画」なんてものを打ち出してきているわけですから、もう雑誌業界は瀕死状態必至なわけです。
それに最近は立ち読みできないコンビニが増えてますよね。人が読んでボロボロになった雑誌は売れないだろうしコンビニ側が対応を取るのは当然なことですが、雑誌の特性上「立ち読み無くして売る」というのはとても大変なことです。出来ることといえば、表紙の文言を過激にしていくことくらい。しかしそれもまた諸刃の剣です。

また、近年では若い人が編集者やライターになりたがらないとも聞きます。まあ、この辺に関しては伝聞なのでデータを見ないと何とも言えませんが、安定を望む若い人々があえて茨の道を選択するとは思えないですし、それはそれで本当だとしたら賢い判断だと思います。今の世の中、石炭を掘りたい人は日本にはほぼいないのですから。

・作ったって売れない
・置いてくれる場所がない
・なり手が居ない

どうですかみなさん、ここまで崩壊しているビジネスってあるんでしょうか? 私は思います。あんなに辛い思いをして雑誌を出しても、売れないならやりたくない、と。赤字のために色んなモノを削り倒し、なんとかやりくりして作っても7割が戻ってくる。しかも見ている人は数千人から数万人しか居ない。こんなに自分を否定されて作り続ける意味があるんでしょうか。

ここまで言っても「やっぱり紙の手触りが」とか「所有する楽しみが」という人がいるんですが、そういう人に何を言ってもダメなので好きにして下さいと言うしかありません。レコードとかカセットテープがそうであるように「一部の愛好家」ってのはどの分野にもいますからね。
しかし、現にみんなが買わないから傾いているんです。
現実を見ると雑誌(書籍は別です)は取り返しの付かない場所に居ると考えらます。
ひとつ方法があるとしたら完全なる構造改革ですが、これは音羽グループを代表とする大手出版社が先頭を切らない限り土台無理な話だと思います。

さてさて、そんなわけで、私は最初からBLACKザ・タブーをまた雑誌でやりたいなんて幻想は抱いていないのです。
ただ、本誌でやってきた記事の中にはとても有意義なものがほんの少しだけあります。もちろん、BLACKザ・タブーの記事ほとんどが“くだらないカストリ雑誌の記事”であることは間違いないですし、そこを目指してきたんだエッヘンと胸を張って言えます。しかし、ほんの一握りの社会に1ミリ位は役に立つ素晴らしい取材記事をネットの上にも残しておきたいなって考えています。

そのために会社をやめてからの2年間を主にニュースサイトやネット記事の仕事に時間を費やしてきました。もちろん同時並行で週刊誌記者や書籍編集もやってきました。ちょっと変わったところでは尾行・張り込みも依頼されて何度かやりました。これに関してはけっこう才能があるらしく、そのほとんどで成果を挙げています。ついでに言うと「欠損バー」もやっていました。知っている方もいらっしゃるとは思いますが。

この2年で分かったことは、ニュースサイトはほとんどがくだらない芸能記事で小銭を稼いでいるということでした。

これは批判であると同時に同情でもあります。ニュースサイトに関わっている私の友人は多く居ます。彼らから話を聞く度にお互いため息ばかりついています。自由なインターネットの世界でも我々は言葉狩りをされています。使ってはいけないワードリストを元に、友人たちはネットの世界でも面白く無い仕事をしていたのです。これについての詳しい内容も書きますが、今日は疲れたのでまた今度にして下さい。

そんなわけで、
個人ブログ形式で記事を書いていきます。

結局はここに落ち着いてしまいました。おそらくこじんまりとやるのが我々にとっては一番しっくり来るのだと思います。禁止ワードや猥褻表現を気にしてしまったら、BLACKザ・タブーというカストリ雑誌の良い所が全て消えてしまいます。正直、儲けなんて度外視です。BLACKザ・タブーはこの道を選びました。

ですからみなさん、広告を踏んで下さい!
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踏んでくれるだけで取材費がまかなえるかもしれません。
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