なぜ私が昭和30年代の遊郭写真を大量に持っているのか

なぜ私が昭和30年代の遊郭写真を大量に持っているのか

ファミリーマートで限定発売されている『昭和の謎99』という雑誌に記事を書きました。上にある表紙をクリックして頂けるとAmazonで買うことができます。みなさんに買って頂けたら私に1円位が入ってきます。生活費はレンタカーの洗車やおしぼり工場での搬送でまかなえているんですが、取材費が捻出できません。いざという時の取材のために使わせて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします。

「もう雑誌の仕事はやりたくないと書いておいて、やってんじゃねえか!」

とお怒りのメールを頂きそうなんですが、この『昭和の謎99』は私が尊敬・崇拝している編集者である比嘉さんが作っている雑誌です。「BLACKザ・タブー復刊、あきらめました。」でも書きましたように、私が比嘉さんからの依頼を断れるはずがありません。この主従関係は一生変わることはないのです。どうかお許し下さい。

 

さて、この雑誌には「熱海に遊郭があった時代の写真を発掘!」といった内容の記事を書いています。売春防止法が施行される昭和33年よりも前の写真を私は大量に保管しておりまして、そこにはたくさんの娼婦や買う男たちの生の姿が映し出されています。非常に貴重となる写真をなぜ私が持っているのか。誌面で書いたことを補足する意味でも、そのいきさつをここに記しておきたいと思います。

BLACKザ・タブーでよく記事を書いて頂いていたライター・鈴木光司さんとは、よく地方の裏風俗を一緒に取材して回っていました。北は松前藩、南は琉球と、経費が続く限り日本中の風俗現場を本誌は訪ねて歩いていました。特にこの熱海取材は印象が強く、たくさんの“お土産”を持って返ってきた思い出があります。あまりにも得たものが大きくて、BLACKザ・タブーなんかで掲載しない方がいいんじゃないか? とさえ考えたくらいです。

熱海の風俗取材へは、熱海の現状を読者に伝えるべく出発しました。新婚旅行のメッカと言われた熱海が衰退し、リゾート投資は頓挫、もしかしたら街が死んでいるのではないか? と考えていました。経済事情が如実に表れるのは「風俗」です。BLACKザ・タブーはいつも人々の下半身事情から世相を読み解くという手法を取ってきました。雑誌の歴史において、多くのカストリ雑誌がこのような方法を用いて記事を作っています。いわばこれは基本中の基本と言えると思います。

 

私は鈴木さんが大好きでした。10歳も年上の鈴木さんは左翼思想で、半分在日の血が流れており、心臓が悪いんだけど毎晩飲み歩き、そして話がめちゃくちゃ面白い兄貴でした。見た目は茂木健一郎を金髪にして、もっとオシャレな服を着せた感じの人で、完全にカタギの人ではありませんが(笑)、とにかくコミュニケーション能力がずば抜けているので、初めて会った人ともすんなりと仲良くなれる人でした。これって、ライターにとては一番大切な資質かもしれません。他人に対し敵意を剥き出しにした書き手もいらっしゃいますが、短い時間でちゃんとした取材結果を出そうと思ったら、人に好かれることは最低条件となってきます。人を疑うことでは誰にも引けをとらない私が彼を好きなんですから、鈴木さんはこの時点で勝っていました。

 

「岡本くんさあ、熱海って昔、赤線あったの知ってる?」

 

行きの車の中で助手席から鈴木さんが運転する私に言いました。ちなみに鈴木さんは現在運転免許を国家に剥奪されています。

 

私「赤線……つまり遊郭があったんですよね?」
鈴「そうそう。まあ温泉町なんて赤線・青線があるのが当たり前だったからね」
私「今では想像できませんが、温泉町ってイコール女を抱く場所だったんですよね?」
鈴「そうだよそうだよ。箱根なんかでも『飯炊き女』ってのがいて、湯から上がって飯を食ったらセックスしてたわけ。文献に残ってるからねえ」
私「確かに。熱海なんて芸者や娼婦と、そりゃあもうパラダイスだったんでしょうね」
鈴「君が好きなアジアの国にはまだそういう所あるだろう?」
私「ありますね。タイにもパタヤってリゾート地がありますが、世界一下品なビーチと言われていますもの(笑)」
鈴「日本ってすぐそういうものに蓋をするよねえ。押さえつければ押さえつけるほど、風俗なんてどんどん闇に潜っちゃう。教育県と言われる長野県がいい例だよね」
私「そうですよねえ。長野のHIVの記事は私もたくさん読みました。な〜にが教育県だよって、ね」
鈴「風俗を禁じるからそういうことになるんだよ」

 

などと二人だけで世相を切っている内に熱海へ到着しました。

今回の取材はあくまでも“現状”を探ることです。今の熱海の風俗はいったいどうなっているのか、それを風俗で働く女性たちや飲み屋の従業員・お客さんたちから、それとなく声を拾っていく。ちょっと立ち寄っただけでは分かるものではありません。こういう取材は覚悟して泊まりで行かなくてはなりません。この時は1泊2日という短い時間の中で成果を出さなくてはなりませんでした。

夕方近くに温泉宿へチェックイン。荷物を置いて一休みしたら、私は隠しカメラや録音機材のチェックに入ります。今でも私は常にこういった機材を身に付けているんですが、企業秘密なのでここでは詳しく触れません。鈴木さんはすでに旅館内をうろつき周り、フロントや女将や仲居たちと談笑し情報を集めています。こういう連携プレーは話し合って割り振りをしているわけではなく、ほぼ自然とやっているのです。

 

「分かったよ、岡本くん」

 

部屋に戻ってきた鈴木さんが言います。熱海に残っている赤線跡と、どこに行けば女性と遊べるかを調べてきました。一体、鈴木さんは何と言って聞き出してきたのかは、私たちの関係性では聞いたりもしません。その辺りは「あ、うん」でやれなければ風俗取材なんてできっこないんです。

「じゃあ、日がある内に遊郭跡を撮りに行きますか」

そうして私たちは熱海に今現在も残されている赤線の名残をSDカードに収めに出かけました。遊郭跡と言っても、現在は人が住んでいる住宅です。写真を撮っていると不可解な顔で覗いてくる住人もいます。その度に鈴木さんは「ここは珍しいですねえ! 私たちこういう建物が大好きなんですよ。サークル作ってまして」とか何とか言って、逆に住人たちから情報を仕入れていきます。そっちの気を逸らしている間は、私が写真を収めるという段取りでした。

 

みなさんは信じられないかもしれませんが、その昔、この日本という国は風俗を許可していました。許可を得て売春をしていた地域を“赤線”と言い、そこで働く女性たちを「国家に認められた売春婦」という意味で“公娼”と呼んでいました。なぜ赤線と呼ぶのか、それは是非ウィキで調べてみてください。驚くべき史実がそこに書かれていると思いますよ。
で、許可されてない地域で行われていた売春地帯を“青線“と言い、そこで働く女性たちは“私娼”と呼び区別していました。この熱海には、赤線も青線も存在していました。温泉地とは昔のリゾート地です。そのリゾート地での娯楽の一つに「売春」が存在していたのです。これは紛れもない事実ですから、批判するならそれなりに調べてからにしてくださいね。

 

「街の真ん中に糸川って川があってさ。売防法前からそこには“たちんぼ”が山ほどいたらしいんだけど、今でもチラホラいるらしいね」

鈴木さんがどこからか仕入れて来た情報を私に耳打ちします。

「なるほど、じゃあそこへ行く前に、いつものやつやりますか?」

と、私が言うと、胸ポケットから出したヘパリーゼをかじりながら鈴木さんは小さく頷きました。そして二人で熱海の繁華街へと向かったのです。

 

“いつものやつ”

 

これがライター鈴木光司の真骨頂とも言えるでしょう。鈴木さんは私が作っていたような月刊誌の仕事もさることながら、本業は週刊誌のフリー記者です。週刊誌のフリー記者がどんなことでもやって情報を集めてくるのは周知のとおりですが、鈴木さんの取材方法もまさに“地を這うような取材”でした。
この熱海という知らない土地で様々な情報を集めるために、今から朝まで飲み明かすのです。もちろん1軒や2軒ではありません。酔客を装って何軒も何軒も、飲み屋・喫茶店・バー・キャバクラと手当たり次第に入っていくのです。ダメだったらすぐ出る。何か掴めそうだったら入り浸る。これを地道に繰り返して行くのです。この時の熱海取材、実は朝まで12軒の飲み屋をハシゴしました……。結局、旅館に戻ってきて爆睡してしまったので、私は温泉に入っていません。

 

その地を這う取材の真ん中、5軒くらい飲んでいたでしょうか。すでに糸川べりでの女性の買い方は明らかになってきていました。どうもその川沿いには熱海名物の婆さんが立っているそうで、そのやり手婆あと交渉してどこかへ移動するというものでした。10時位になったら行こうかと鈴木さんと決めました。その前に1軒、パブみたいな店に入りました。

「いらっしゃいませ〜〜」

中は照明を落としハイネケンやバドワイザーのネオンが飾られたお店で、若い女の子ばかりがいるキャンパス・パブでした。私と鈴木さんの席には18歳と19歳の女の子が付いてくれました。それまでのお店では店主も客もジジイとババアばかりでしたので我々はちょっとテンションが上がっていたというのもあるんですが、若い子には素直に「取材だ」と言った方が結果が吉と出る場合が多いのです。

「実は雑誌の取材で来てるのよ。熱海の“夜の顔”を調べたいな〜って」

さすが鈴木さんです。女の子には風俗だの遊郭だの言わない。勘のいい子なら分かるだろうという期待を込めてセリフを選んでいます。これが功を奏したのか、我々の全く想像しない答えが返ってきました。

「熱海の女の子ってね、マクドナルドでバイトする感覚で、一度はコンパニオンのバイトするんだよ」

私と鈴木さんは顔を見合わせました。二人とも飲もうとしていたグラスをテーブルに置き、前傾姿勢で質問します。それはどういうことなのか、なんでそうなっているのか?

「熱海はね“女の街”なんだよ。それがどういう意味なのか歴史なのか知らないけど、お母さんやお婆ちゃんからそう言われて育ったの。だから女が働く場所がたくさんあってね、中でもコンパニオンはとっても一般的なのね」

まさか10代の子から殺人的なキーフレーズが出てくるとは! 熱海は女の街……めっちゃくちゃタイトルに相応しいキャッチーな言葉じゃないか。

「コンパニオンって旅館に泊まってるお客さんのお酒の相手をする仕事なんだけど、それって長くても2〜3時間でしょ? それだと稼げないから、終わったらこの店に戻って来るわけ。だけどたまにさっきお相手したお客さんたちが飲み足りなくてこの店に偶然来ちゃったりして『あ!』なんてこともあるよ(笑)」

それ、すごくない? 熱海って面白い街だなあ〜。
たくさんの情報をくれたこの二人の女性に目一杯ドリンクをご馳走したこともここに書き記しておきますね。次の日の昼間もこの子とお茶したことは書かなくてもいいですよね?

 

 

さて、糸川べりにやってきました。

この時、雨が降ってきたんですが、さっきのパブの女の子が我々にビニール傘をくれました。いや〜〜若い子と飲むのは楽しいですね鈴木さん〜と軽口を叩いていました。でも鈴木さんは答えません。見ると、「シッ」と人差し指を口元に立て、私に前を見ろと促しています。その方向に目をやりました。

「お兄さん、遊びは、どう?」

川沿いに建てられているお地蔵さんが喋ったかと思いました! なんと、話に聞いていた「やり手婆あ」がいとも簡単に我々の目の前に姿を現したのです。身長140センチほどで白髪を全部結いあげて後頭部でおダンゴにしている婆さんが私に話しかけているのです。一瞬にして酔いが覚めました。5軒でしこたま飲んだ鏡月は今まさにただの水と化しました。

「今ならねえ若い子いるよ。どう? 1万円」

カジュアルな服装の我々はどう見ても警察にも入管にも見えません。チャラチャラした若造が遊びを求めて街をフラフラ歩いているように見えたのでしょう。ここからが重要な取材となってきます。

私「若いって、どれくらいよ、お婆ちゃん」
婆「今ね、一番若いのが35。その次が48。あとは50より上だね」

 

……………………うっっっっっ!!!!

 

ストマック・エイク! 私は先制パンチを喰らいました。こういう場合はほとんど「+10」で考えなければなりません。きっとこの35歳は45歳なのです。キッツいなあ〜。当時の私は下を向いてしまいました。さっき一緒に飲んでいたパブの女の子の陰影が浮かびます。ハァ〜〜仕事でなければあの子を口説いていたかもしれないのに……。

 

私「どこでするの?」
婆「あたしと一緒にね、タクシーに乗ってもらうよ。秘密の部屋へご案内(笑)」

 

怖い、怖すぎる。この近くじゃないのかよ! こんなのに付いていく客っているのかあ? しかし、私はある意味冷静でした。だって、実際に風俗に行くのは私ではありません。書くのは鈴木さんなんですから、鈴木さんが体験しなければ意味がありません。私はこの婆あとの会話を今こうして録音している、これが役割なのです。頼みますよ鈴木さん。そういう意味を込めて鈴木さんの顔を見ました。

 

 

「じゃ、岡本くん、こっち頼むわ」

 

 

いつもの一重の目をさらに細くして、鈴木さんは私にこう言いました。私は「は?」と言って身体が硬くなるのを感じました。このおっさん、何を言っているのでしょう。

 

「さっきのパブの子に聞いたんだよ。このさらに裏手にね、どうやらヘルスがあるらしいんだ。そこ調べなきゃね」

 

いやいやいや、ヘルスなんて別に今ええやんか。それは明日でも営業しているわけで、大切なのは夜しか出没しないこの婆あを何とかしないと! 私は婆あに悟られないように「鈴木さん。ね? 鈴木さん!」と暗に『行け!』と合図を出していましたが、鈴木さんは細い目をヤメません。終いには私を婆あからちょっと離れた所へ引っ張り、こう言ったのです。

 

「岡本くんさあ、僕と君の年齢を考えてよ! 僕はもう、ちょっとやそっとのことでは勃たないんだよ! 君はいいよね、24時間365日自由に勃つことができてさ! この歳になれば分かるよ! 若い子じゃないと無理! 僕はヘルス、君はやり手婆あと地獄!」

 

アイドルで℃-uteというグループがいましたが、彼女たちの曲で『君は自転車 私は電車で帰宅』という名曲があります。知ってか知らずしてか、鈴木さんはそのタイトル名の調子ですごいことを私に言い捨てました。僕はヘルス、君はやり手婆あと地獄!……このセリフは一生忘れないでしょう。

 

「じゃあお兄ちゃん、あたしと一緒にタクシーに乗ってもらうよ」

鈴木さんに見送られて私はタクシーでドナドナされました。婆あは車内で私を触り、モモを撫でまわし「若いねえ〜、吸い付きたいね〜」と呟いています。乗りかかった船です、私も「お婆ちゃんでもいいよ」と言いましたが婆あは「ウキャキャ」と笑うだけでした。

5分くらい走ったでしょうか。

「はいここで降りるよ。お兄ちゃんタクシー代お願い」

そうなるとは予想していたのでタクシー代を払います。その時「帰りもお願い」と運転手に多めに払いました。これは後から効いてくるのですが、帰りのタクシーの中で運転手から情報を聞き出すためです。この婆あは運転手と顔見知りのようですし、こうして客に金を払わせることで“持ちつ持たれつ”の商売をやっています。この運転手は重要なキーマンとなってくるのは記者であればすぐに勘付くはずです。

 

婆あは、電気ひとつ点いていない真っ暗な雑居ビルに入っていきます。その中にはエレベーターがあり、地獄への入り口といわんばかりにぽっかりと口を開けています。この時、私が必死の思いで隠し撮りした写真を掲載しておきます。

 

 

たぶん、5階だったと思います。エレベーターを降りて、真っ暗な通路を歩いていきます。途中、古い風呂の扉みたいなアルミ枠でガラスがハメられているドアがいくつかありましたが、エレベーターから5つ目のそれを婆あはノックしました。中からは小さな灯りが漏れていましたが、それはテレビの灯りでした。誰かが中からドアを開けています。「はい」と出てきたのは……シミーズを来た50歳位の短髪のオバサンでした。

 

 

……………………うっっっっっ!!!!

 

 

またもやストマック・エイク! こ、この、柴田理恵を短髪にしたような下着姿のおばさんが私のお相手!? くうううう、クソやり手婆あ!!!!

「お兄ちゃん、そしたらこの子にお金渡してね」

と言って婆あはどこかへ消えていきました。“この子”って、そりゃあんたから見たら子どもみたいなもんだろうけどさ! くそーーー、鈴木ーーー! 久しぶりにすげえの出てきたぞーーー!!

 

ショートカット柴田理恵の部屋は、玄関を入ったら畳の部屋でした。小さなちゃぶ台とテレビが置いてあり、ポットや湯のみ、タンスや電話台など、とても生活感がありました。その奥にはレースだけで仕切られている6畳ほどのこれまた畳の部屋があり、そこに薄いマットレスが敷かれていました。

「シャワー浴びなよ。あ……若いから洗ってあげるわ」

柴田のおばさんは、今日は特別なんだよって事を強調しながら、私の服を脱がせてくれました。そして、バランス釜の風呂に案内され、激烈に弱い水圧でアソコを雑に洗われます。にもかかわらず、おばさんの手つきに反応してしまい、「おお〜〜若いね〜〜!」と大声で笑われました。ええい、ままよ! とにかくこの時間を有意義なものにするしかない。私は風呂場でおばさんのシミーズをめくりパンツを脱がせようとしました。おばさんはサッと手を払い「まだだから」と吐き捨てました。

 

 

「あんたさあ。安倍総理、どう思う?」

 

 

風呂から上がり、ビールを出しながら、おばさんは私に質問をぶつけました。時は、第一次安倍政権のまっただ中でした。おばさんはどうにもこうにも安倍晋三が嫌いみたいで、ず〜〜〜〜っと安部総理の悪口を言い始めたのです。
とにかく安倍は悪い、安倍は死ね、こいつのせいで世の中が悪くなったの一点張りでした。この部屋でずっと来ない客を待ち続けて気が触れてしまったのか、おばさんは共産党員みたいに安倍バッシングを止めません。私は「はぁそうですねぇ」と相づちを打つだけで精一杯でした。

 

(めっちゃ左翼やん……鈴木さんの方が話が合うやんか……)

 

それから1時間近く、いや、もう過ぎていたかもしれません。おばさんはずっと安部総理の悪口を続けました。私は何度も「そろそろ時間では?」とか「時間大丈夫ですか?」と数分おきに聞いているのですが、だんだん酔ってきたおばさんは「いいのよ! それよか泊まってかない?」と言うだけでした。まあ、泊まっても良かったんですけれど、鈴木さんとまだ飲み歩いて取材しなければならないので「また今度」と愛想笑いをしておりました。

そしたら23時台のニュースがテレビで流れ始めたんですよ。うわ〜もうこんな時間かと思ったのを覚えています。おばさんは「安倍が映る!」とか言ってテレビを消しました。

 

 

「あ〜〜なんか酔っちゃった。はい、するよ!」

 

 

私は為すがままに隣の和室へ連れて行かれ、マットレスの上に仰向けに寝かされました。シミーズを脱いだおばさんは酒臭い息を私に吹きかけながら覆いかぶさり顔を舐めてきます。おっぱいは大きくなかったけれど、意外と形は良くて乳首も綺麗な色をしていました。おっぱいから下は、どういう構造になっているのか分からないほどイビツに贅肉が付いており、太いとか細いとかの概念では説明できないほどの四段腹で、股間は肉で見えませんでした。

すげえ〜〜、これ、体位を変えて上になれって命令されたらどうしていいか分からないな……と考えていると、おばさんは私に舌をねじ込み、口の中はおばさんの酒臭い息で溢れました。ひと通り全身を舐められたあと、どうするのかなと見ていると、おばさんは私のナニにゴムを被せ、上からゆっくりと降りてきました。

 

 

 

「嗚呼嗚呼嗚呼ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」

 

 

 

この時の、この声、まるで風呂に浸かる時のような声でした。ああああああいい湯だぁぁぁぁぁと言わんばかりに騎乗位で挿入し、おばさんはがっつんがっつん腰を振ってきました。

1万円を払ってされるがままの私は、天井の木目を数え、できるだけ早くイカないように、おばさんに馬鹿にされないように、踏ん張っていました。普通ならここで「上になるかい?」とか言って攻守を変わってくれそうなものなんですが、おばさんはとにかく高速で腰を振り上げ、高速で腰を降ろして来ました。

私はもう天井を睨みつけながら脂汗をかいています。安倍の愚痴からの“シンゾー”破りの高速ピストンです。「ぬわぁぁぁぁ、おばさあああああああん!!!!」たまらず声を上げる私におばさんは「イキなさいよ!!!!」と釈由美子も顔負けの大声を張り上げました。

 

 

「おーーーい、岡本くん、こっちこっち」

高速ピストンで果てた後、さらにまた1時間、おばさんに安倍の愚痴を聞かされ、意味もなくディープキスをされ解放された私は、フラフラの体で鈴木さんが待つ居酒屋へ行きました。これからまた朝まで何軒もハシゴしなければなりません。私は鈴木さんがヘルスでいかに若い子が出てきて楽しかったかという話もそこそこに聞き流し、今あったことを酔わない内にメモしておきました。あとで分かったことなんですが、あの雑居ビルは熱海市会議員が所有する物件であることが判明しました。

 

 

 

さて、問題の赤線写真についてですが、アホみたいに長くなってしまったので後半に続きます。ごめんなさい!